ふふん





皐月って新緑の季節なんだなほんとに青葉ってよくいったもんだとおもう
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Photograph by Yuval Ofek, National Geographic














・「小さい権力を与えてみれば、
 彼がどういう人物かわかる」と言った人がいた。
 権力を持ったときに、どういう振舞いをするか。
 そう見えなかった人が、人が変わったように、
 居丈高になったり、抑圧的になったりすることもある。
 監視の目が届かないところで、
 ずるいことをするようになる人もいる。
 なんの権力も与えられてなければ、
 そんなふうな嫌な変節は、
 人びとに見られなかったかもしれないのにね。
 
 権力ということばで言うと、
 ずいぶんと大きなもののようだけれど、
 なにかの趣味のグループの会長さんくらいのところでも、
 威張り出す人というのは、威張り出すものだ。
 商店会の世話役くらいの地位が、
 すっかり人格を変えちゃうことだってなくはない。

 そういう人や、そういう事態を知っていくと、
 力の関係のあることすべてが、
 すっかり嫌になってしまうことにもなる。
 「あらゆる権力は、必ず嫌なものを呼び寄せる」と
 法則として決めつけてしまえば、それはそれで、
 あんがいラクに生きられるようにもなる。
 たぶん、ぼくも長いこと、ずっと、
 そんな考えをもって生きてきたように思う。 
 
 しかし、力を持っていても、腐らないこともある。
 力を変なふうに使わない人も、いることはいる。
 長く生きていると「意外にきれい」な人にも、
 ずいぶん出会うようになるものなのだ。
 だれでも知っていそうな例でいえば、
 学校にも「いい先生」っていたでしょう?
 生徒にとっての先生は力そのものにも思えるが、
 じぶんの力の使い方を、いい感じで律している先生も、
 ちゃんといたというおぼえもあるだろう。
 ‥‥なんてことを、ぼくは考えてきたのだけれど、
 実際に「小さい権力」を嫌な使い方している人が、
 ちょいちょい出てくるので、さみしい気持ちになるね。
 まずは、「権力は取扱注意」というのはホントだよなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
強がる人ってのは、あんがい危うい。そんな気もしている。


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どうしてか人は見栄を張りたい
というか自己顕示欲とか存在意義とか
自己肯定感とか
でもほんとは
ぐっすりねむれる環境がつづけば
たいていのことは解消される
ねむるってほんとにだいじ

リセットしたいわけでもない
でもおちついてみるともろもろの記憶が
ふりかえらなくてもいい事柄が
なんだかあちこちから流れ出してくると云うか
そんなことのぞんでもいないのに
後悔なのかちがう気もするが
もっとやりようがあったのかとも

休みなんかずっとなかったから
時間が空くってこういうことかと
考える余地が出来ると
様々な感情に押しつぶされそうになって窮屈
おちこみはしないけど
せまい

世間じゃそういうのを
器が小さいっていうんだぜ
まあだからどうということもないけどさ
やれやれ



みなすばらしい
その人と交流があろうとなかろうと
その存在だけでもういいんじゃないか
つながりが枷になるくらいなら
そっと想うだけで十分なんじゃ

無数のひとりでいいやとつくづく
だれもが個性とかオリジナリティとか
言い出さなくくってもさ
ただもう人数分だけ皆ちがうし
そこを尊いとおもえばさ







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by saku-saku-chika | 2018-05-06 12:02 | つぶやき