怖がる





そうだよね
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Photograph by Hilary Bralove, National Geographic Your Shot




ちゃんと自覚して次ぎ進める為には怖いと感じることを無視しないのも大事だよな 

へっちゃらでいられないことだらけの日常をいったんうけとめてそれから先へ 

チャンスも運も偶然の積み重ねだけどあとからみればな話でさ


どこにも居場所がなくたって

いきてはいける

いくさの世の中じゃないし


ため息じゃなく

深呼吸を

















・「空気を読め」ということばを、

 あんまり聞きたくない嫌いだと思っている人は、 

 かなりの割合でいるものだろう。

 自由を束縛する、新しいものごとが生まれるのを妨げる、

 全体主義的な、同調圧力的な‥‥という具合に、

 「空気を読めとか言われちゃって‥‥(怒)」なんてね、

 いかにも、言った人がわからずやであるように語られる。


 ぼく自身も、そのことばを使った覚えはないのだけれど、

 「空気を読め」が乱発されている場面があるならば、

 それは居心地わるそうだなぁとは、なんとなく思う。


 しかし、「空気を読む」ということは、

 群れで生きていく生きものの、すぐれた技でもある。

 オオカミが狩りをするところを映像で見たりすれば、

 彼らがどれほど空気を読み合っているかがよくわかる。

 それはもう、スポーツの世界でも同じで、

 周囲の動きを、ことばにするより速く、

 空気として読んでいるからこそ華麗なプレイが完成する。

 ひとりずつが競争しあっているような場面でも、

 勝つためには、「空気を読む」必要があるだろう。


 しかし、「空気を読む」があまりに強調されすぎたのか、

 いつのまにか「空気を読むな」という意見が、

 すっかり「新常識」みたいになってきてしまった。

 「彼は空気を読まないから、突破力があるんだよ」とか、

 「空気なんて読んでるからダメなんだよ」とか、

 「あいつ、空気を読むよなぁ‥‥」とかね。

 そっちの考え方が、強くなり過ぎているんじゃないかな。


 かつて、いろんな人が「ぼくの独断と偏見によれば」と、

 自慢そうに言っていた時代があった。

 それって「ただ考えが足りてないだけじゃないか?」と、

 感じたこともあったけれど、空気を読んで言わなかった。

 いまの「空気を読むな」も、きっとただの流行だと思う。

 芯から「空気を読めない」ことは、命取りになる。

 現実のなかで読めない人は、読める人に助けられている

 という場合も、けっこうあると思いますよ。

 読める読むことと、読めない読まないことと、

 毎度おなじみ、「どっちもがいい」に決まってるよね。


今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。

ある分野については読めるけど、別の分野は全然、とかね。


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by saku-saku-chika | 2018-02-13 10:40 | つぶやき

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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