ふかく

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(Photograph by Garry Chisholm, National Geographic Your Shot)








http://www.1101.com/yasashiku/2017-12-20.html

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http://www.1101.com/essay/2017-12-13.html







・毎日、いろんな人に会って、いろんな話を聞いて、
 いろんなものを見たり聴いたりしていて、
 「いやだなぁ」とか「つまらない」と思うことがない。
 これは、若いときからけっこう長い間、ずっとそうだ。
 社内の乗組員たちはもちろん、だけれど、
 約束をして会う社外の人びとについても、
 ほんとうにいやだなと思うことがない。
 いや、まったくないということもないかな?
 思い出せる範囲では、まったくないような気もする。
 少なくとも、この十年はないと思うよ。

 ごく若い勤め人のときには、たまには会わされたかな。
 でも、フリーになってからは、ほぼ、ない。
 ひょっとしたら、ぼくのほうが勝手に、
 なにかいやなことがありそうだという人を、
 うまいこと避けているのかもしれない。
 怖いと言われている人だとか、口うるさい人だとかは、
 いやな人とはぜんぜんちがう。
 怖くておもしろい人や、うるさくておもしろい人も、
 けっこういるものなので、大事な人たちだ。
 いちばん苦手なのが、いばりたがる人なのだが、
 「いばる仲にも礼儀あり」みたいなところもあって、
 「そんなにいばらなくても」とか言い返せる人なら、
 ちっともいやな人にはならない。

 かつて淀川長治さんが、
 「私はいまだかって嫌いな人にあったことはない」と
 言ったそうだけれど、それとはどうもちがう。
 ぼくには嫌いな人もちゃんといるし、
 そういう人に会ったこともなくはない。
 ただただ、いやな人に会わずに済んできたというだけだ。
 それが運だというには、運がよすぎるようにも思える。
 やっぱり、ぼくなりの判別法があるんじゃないか
 ‥‥と考えて、もしかしたら、と思いついたのが、
 なにより「寛容」に思える人にばかり会ってきたこと。
 逆に言えば、「不寛容」そうな人を敬遠している。
 これは「ユーモア」のあるなしにも近いのだけれど、
 真面目一本の堅物でも「寛容」な人はいるんだよな。
 「不寛容さん」に会わなくても、なんとかなってきた、
 というのは、やっぱり運もよかったのかな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あと、ぼくを嫌いな人は、ぼくに会いたがらないですしね。


by saku-saku-chika | 2017-12-20 20:20 | つぶやき