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へいき

サンタがいてもいなくても
おとなになったらサンタを信じなくなる
と思っているでしょう?ちがうんだな
信じられないってことは
おとなじゃないってことなんだよね
だってさ おとなってまず
誰かや何かを信じることができてこそなんだもん


自分を信じないと始めらんないし
相手を信じないと託せないし待てないし
そもそも待つって 信じることそのものだよね
でも長続きしないじゃん思いってさ
だから


なんどでもなんどでも
はじめっからまた信じ直すんだと思う
そうやっているうちに年をとって
からだがなくなって魂だけになったら
やっと
あ サンタいた
ってみえるんだとおもうよ




ウチにサンタなんか来ないやとおもってる大人なアナタ
サンタはくるもんじゃなくって
となりにいんのさ
気配を感じられないのは
じぶんの感覚がにぶってるだけ
きっと気がつくよ
ほんとだから


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いちんちが24時間なのは
その中で なんとかやりくりせえ 言う事か
あまってるぶぶんなんか
さがそうとしても しゃあない
そうじゃなくって どう引き算していくかなんだろ
たぶん

だってさ ここ数年 だいぶ見送ったよ
じぶんより若い人も
だから 残り時間と思えばさ
頓挫したことを責められるかもしれんけど
それすら 己がいなくなってからなら もうさ
そういう
心配と言う名の逃げは
よしとこうかな

ちゃんと たつ鳥になるべく
所作のお稽古を
もう早くもないが 気づいたときが始め時ってことで
じゅうぶんな準備とか
もう よそうぜぇ
やりながらだよ 修正しながら 
どうせフェードアウトするし ぼけるし
ええやんか それで












・これから書くことは、ちょっと入れ子構造になっていて、
 つまり、この話全体のテーマに照らし合わせると、
 「おまえこそ」となりそうだが、とにかく書いてみる。

 タクシーだとか、酒場だとかで、
 運転士さんとか、店主さんとかが、
 唐突に「もの言う人物」に変身することがある。
 これを、ぼくは「論客化」と呼んでいるのだけれど、
 客のぼくのほうには、その「降りるまで生テレビ」に
 参加したおぼえはないわけで。
 どこかからどこかまで、安全に乗せてもらえば、
 ちゃんと料金も払うつもりだし、
 それ以上のサービスを要求するつもりもない。
 でも、ここだけの特別な講義を始める人がいるのだ。

 芸能や政財界裏話、ブラックな世界の事情、
 当世の女性の乱れきった生活態度への批判、
 人気飲食店の仰天の噂、各界のリーダーが無能の件‥‥
 けしからぬ、世の中は乱れ放題である、と。
 食べたら命にかかわる食品、エネルギー問題の裏側、
 地球をこのまま存続させるのは至難の業である、と。
 テーマは多岐に渡っているが、結論は「腹立たしい」だ。
 その論に根拠がなくても、「論客たち」は気にしない。
 同意のあいづちを打たないで、ただ聞いているしかない。
 最近は、ぼく自身がおじいさんになったので、
 あまりにも白熱してきた場合には、
 「もういいです」と沈黙に逃げ込むことにしている。
  
 人は、とにかく語りたいものである。

 語りたいことを、よろこんで聞いてくれる人がいたら、
 それはもう、それだけで僥倖というものなのである。
 そのくらいの気持ちでいないと、「論客化」してしまう。
 人は語りたいのだから、語るなとは言わないけれど、
 多少でも、相手が聞きたい話かどうか考えたいものだよ。 
 どうしても語りたいなら、近所のヒヨコでも集めてさ、
 ヒヨコぴーぴー鳴いててなかなか聞いてくれないけどね。

 ‥‥っていうような話を読んでもらえると思って、
 十数年も語ってるわしも、けっこう心臓強いわなー。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
毎日、このくらいの量、しゃべってますが、よろしくね。





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 稽古=古(いにしえ)を稽(かんがえる)と聞いた

「先人の教えを守れ」と言うことか、

「初心を忘れるな」と言うことか、はたまた

「常に基本に戻れ」と言うことか




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5歳未満での発症を若年性認知症というが、
さらに18歳から39歳までに発症した場合を若年期認知症、
40歳から64歳までの発症を初老期認知症と区別することがある。


記憶障害は認知症の中核症状で、新しいことが覚えにくくなる状態である。





by saku-saku-chika | 2015-12-05 12:51 | つぶやき