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よみはじめるよ

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と言いながら出かけていくアッシ‥



 
・なにかについて「憂えている人」って、いますよね。
 「憂えてなさそうな人」は、
 あんまり憂いについて語らないけれど、
 「憂えている人」は厳しい顔で「憂い」を語ります。
 「この時代を憂えているんだ、おれは‥‥」
 「人類の行く末を憂えているんだよ‥‥」
 「子どもたちの未来を憂えているの‥‥」
 「この国を憂えているのだ‥‥」
 
 (そうですかぁ、ぼくらの代理で憂えてくれて、
  ほんとうにありがとうございます)‥‥と、
 感謝をすればいいんでしょうか。それとも、
 (ぼくも憂えたいんで、いろいろご指導ください)
 と返事すればいいのかな(いやだよー)。
 
 なにかを、よくするとか、
 困ったことをなんとかするとか、
 絶対に、「憂い」なしで、やれるんです。
 「ほぼ日」に登場してくれる人たち、
 最近だと、ピンクレディーのケイちゃんだとか、
 クロネコヤマトの木川さんだとか、
 『スコップ団』をやってる人たちだとか、
 気仙沼で立ち上がって歩き出してる人たちだとか、
 ひとつも「憂い」を語ってないんですよね。
 もしかしたら、ひとりずつの胸のなかには、
 不安や心配や迷いや、「憂い」があったかもしれない。
 だけど、みんな、動き出している人たちは、
 「憂い」に捕まえられてないんですよね。
 だから「憂えてなさそうな人」みたいにも見えるんです。
 「憂えてるもの集まれ」じゃなくて、
 「こうしたい。手を貸してくれ」なんですよね。
 
・こんなことを書くきっかけになったのは、
 『困ってるひと』という本のことを考えてるせいです。
 ものすごく「困ってるひと」は、憂えていないんですよ。
 それは、おそらく具体的なことだけが、
 じぶんを生かしてくれるから、なんでしょうね。
 「憂えている」より、することがあるんです。
 この先、ぼくが「憂い」を語ったときは、
 「おいおい!」と注意してくださいね。
 
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
ブータンでの黄昏、牛と海苔、スジ屋、はじまりましたよ。
by saku-saku-chika | 2011-09-20 09:44 |