秋深し
2017年 10月 14日
Photograph by /react-text Quinn Chan, National Geographic Your Shot
カナダのワプスク国立公園で、ホッキョクグマの母親が2頭の子グマを抱きしめる。生まれたばかりのホッキョクグマは、体重が500グラムほどしかない。子グマは、母グマと一緒に冬眠のための巣にこもり、体重が10~15キロになるまで育ってから、初めて外の世界に出てくる。ホッキョクグマの雌は、生涯を通じて5頭ほどの子を産むが、これは他の哺乳類と比べるととても少ない。
・なにもかもが変化していく。
昨日と今日の間に、どれほどの変化があったか。
いやいや、もっと細かくいえば、
1時間前といまの間に、どれだけの変化があったか。
言える人なんかいやしない。
だけど、なんにも変わってなさそうな1時間や、
1日をどれほどか積み重ねていくと、
こんなに変わったのかというくらい、変わっている。
1年、2年、3年、5年過ぎたとき、
なにも変っちゃいないなんて言える人はいない。
同じように思えるものごとの繰り返しなのに、
実は、なにもかもが変化している。
よくも、わるくも、変わるようにできている。
そう。よくも変わるし、わるくも変わる。
そういうなかで、絶対にまちがうのは、
ずっと変わらないものとして、なにかを判断することだ。
いまあることばかりをよくよく観察して、
これが来年はどうなるだとか、再来年はどうなるだとか、
5年後はどうなる、10年後はどうなるなんてことを、
平気で決めちゃってるような態度は、
まちがうためにまちがっているようなものだ。
思ってもみなかったような変化が、必ずあるのだから。
そういうまちがいをする人が、あまりに多いものだから、
そんなふうにまちがう人たちへの人気取りのために、
同じようにまちがって見せているにしかすぎない。
両親が、結婚相手の品定めをするとき、
息子や娘の就職先を論じるとき、
なにもかもが変化していくなんてこと、
よく考えてくれているのだろうか。
ぼくはぼくで、きみはきみで、
この先何年も何年も、いまのぼくやきみが、
変わらないまま生きていると思ってはいないだろうか。
変わらないのは、すべてが変わるというその法則だけ。
変わらないものは、どこにあって、それはなに?
ぼくらは、いつでも航海中の船の上で生きている。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
佐世保、河口湖と続く留学デイズ、明日は東京、明後日は?
by saku-saku-chika
| 2017-10-14 09:00
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