不採用




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フィンランド製シロクマの貯金箱。当時フィンランドのNordea銀行でノベルティとして使用
されていたデザインで生産が終了していたものを復刻して作られました。陶器に見えるけどプラスチック製






わずか20分足らずで慎重に検討したが
書類選考で不通過とのお返事をいただく
最速だな今までで
ほかは何日か空いたりして
気をもんだが早きゃ早いできずつくもんなんだね

むかしとちがって
まず面接にたどり着けない
わかっていたがめげる
面接したらしたでへこむ
若者の就活とちがって
定年ちかい中高年はシビアに終活になっちゃうからさっ


そして会社からようやく離職票
またハロワか しゃあない
でもね 今回つくづく働き方を問うよオノレに
今まで雑にやってきた分反映されてんのかな
とかね

やー涼しいと楽 思考も浅く広く
煮詰まらずにすむ
金銭の余裕より時間のゆとりが
のびのびさせるんだろうな
むかしの定年が55だったの納得
せかせかしたくないもんなーもう
いじめられたりいじめたりとか
陣地とりとか派閥とか
もう ホントよそうぜ












09月22日の「今日のダーリン」
・じぶんの「ほぼ日手帳」に「スケジュール」がない、
 というさみしさを訴える人がいる。
 「じぶんが、だれからも求められていない」
 ということを、感じてしまうのだという。
 「スケジュール」がいっぱいであると、
 誇らしげに言う人もいる。
 「わたしは、たくさんの人に求められている」
 ということを自慢に思うのかもしれない。

 ぼくも、ある時期、そういう気持ちがあった。
 さみしさを感じた経験もあったし、
 誇らしげな気持ちを持ったおぼえもある。
 「超売れっこですもんね」「いやいや、それほどでも」
 なんて会話を、たしかにしていたようにも思う。
 
 しかし、いまになって、気づいてしまった。
 「スケジュール」がないということも、
 「スケジュール」がいっぱいあるということも、
 実はどちらも同じ意味を持っている。
 じぶんが「求められている」ということの主人は、
 実はじぶんじゃなくて、求めている側の人なのである。
 さみしくなるのも、自慢に思うのもじぶんだけれど、
 それはどちらも他人しだいで決まるものなのだ。
 「スケジュール」とは、基本的に受け身なのである。

 「スケジュール」というのは、
 他人との約束を書きとめたものである。
 ひどい言い方のようだけれども、
 「あなたをその時間にしばりつける約束」だとも言える。
 だから、仕事の「スケジュール」がいっぱいだとしたら、
 それは、「求められている=命令されている」
 ということでもあるのだ。
 「3時から何某さんに会って3時20分に誰それと会議だぞ」
 と、「スケジュール」は、あなたに命令をしている。
 それによく応えられるじぶんは、たしかにエライけど、
 それでさみしがったり自慢したりすることじゃないよね。

 じぶんで、「こうしたい」ということを思いつくか。
 じぶんを主人にした「たのしみや思い出」を、
 のびのびと描けることが、大切なことなんだろうなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「売れっこ」とは、走り回らされる着ぐるみのアイドル。


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by saku-saku-chika | 2017-09-23 16:06 | つぶやき

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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