マンガ



むかし 大事な事は砂場で教わった みたいなタイトルの本あったけど
マンガもいろいろ教えてくれる テレビのドラマも
このあいだおわったコード・ブルーの前のシーズンに
わすれられない台詞があって


救えなかった患者の事は忘れちゃいけない って
藍沢先生が言ってたなあ
どうしても 成功の記憶は残して
失敗の履歴は削除しがちだもんな
だからオノレの改善がないのかな とふと思ったり





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©Joji Morikawa / 講談社

すきだったなーはじめの一歩 自分がボクシング通い始めた頃に連載してて立ち読みしてた 笑←買えよ



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孤独とか無力感とか感じられるのはさ生きてる証拠だよね痛みがあるのはさ贅沢ある意味
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Photograph by Ali Saifaldeen, National Geographic

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生きたかった生きようとしていた若い人が思いがけず亡くなることの悲しさ でも人は忘れる生き物だ勿論自分も

http://www.asahi.com/articles/ASK9Q35ZMK9QUUHB001.html?iref=com_alist_8_06

http://cosite.jp/column/sodatetai43












じぶんの「ほぼ日手帳」に「スケジュール」がない、
 というさみしさを訴える人がいる。
 「じぶんが、だれからも求められていない」
 ということを、感じてしまうのだという。
 「スケジュール」がいっぱいであると、
 誇らしげに言う人もいる。
 「わたしは、たくさんの人に求められている」
 ということを自慢に思うのかもしれない。

 ぼくも、ある時期、そういう気持ちがあった。
 さみしさを感じた経験もあったし、
 誇らしげな気持ちを持ったおぼえもある。
 「超売れっこですもんね」「いやいや、それほどでも」
 なんて会話を、たしかにしていたようにも思う。

 しかし、いまになって、気づいてしまった。
 「スケジュール」がないということも、
 「スケジュール」がいっぱいあるということも、
 実はどちらも同じ意味を持っている。
 じぶんが「求められている」ということの主人は、
 実はじぶんじゃなくて、求めている側の人なのである。
 さみしくなるのも、自慢に思うのもじぶんだけれど、
 それはどちらも他人しだいで決まるものなのだ。
 「スケジュール」とは、基本的に受け身なのである。

 「スケジュール」というのは、
 他人との約束を書きとめたものである。
 ひどい言い方のようだけれども、
 「あなたをその時間にしばりつける約束」だとも言える。
 だから、仕事の「スケジュール」がいっぱいだとしたら、
 それは、「求められている=命令されている」
 ということでもあるのだ。
 「3時から何某さんに会って3時20分に誰それと会議だぞ」
 と、「スケジュール」は、あなたに命令をしている。
 それによく応えられるじぶんは、たしかにエライけど、
 それでさみしがったり自慢したりすることじゃないよね。

 じぶんで、「こうしたい」ということを思いつくか。
 じぶんを主人にした「たのしみや思い出」を、
 のびのびと描けることが、大切なことなんだろうなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「売れっこ」とは、走り回らされる着ぐるみのアイドル。

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by saku-saku-chika | 2017-09-22 14:01 | つぶやき

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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