ある日




森の中 でもまだ 出会っては いない これからだよ
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Photograph by /react-text Volodymyr Burdiak, National Geographic Your Shot













クマつながりで〜このおっきなボタンがスピーカーなんだそうな マツコの番組にもでた?ふうん
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くま三昧 156.png←こりゃクマちゃうか
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・他人というのは、よく、

 「どうしてこんなこともわからないのか!」

 と言いたくなるようなことを言ったりやったりする。

 「いつまで、そんなことを言ってるのか!」

 というようなことを、いつまでも言ってたりする。

 ぼく自身も、他人から見たら他人なので、

 「とんでもないことを言ったりやったりし続けている」

 と、思われていることも多々あるだろうし、

 実際に、さまざまなお叱りや攻撃も多少は受けてきた。


 ぼくから見て、あきれるほどバカなことを言ってる人に、

 懇切丁寧に、「それは、ちがうんだよ」と

 伝えようとしても、考えを変えてくれることは、

 まぁ、残念ながら、ほぼないだろうと思う。

 その逆に、ぼくのほうでも、

 だれかに懇々と説かれたとしても、

 そう簡単には、じぶんの考えを変えたりしない。

 (変えることに、わりと柔軟なほうだとは思うけどね)


 いつのまにか、人はそれぞれに別の考えを持ったり、

 別の立場に立ったりして、別れ、離れることがある。

 それが、もともとあんまり縁のない級友くらいなら、

 そういうものだ、と素直に納得できるのだけれど、

 親と子だったり、夫と妻だったり、親しい友人だったり、

 近い関係のなかでそういうことが起ると、

 悲しい気持ちになったり、怒りを呼び起したりもする。 

 ほんとうのところは知らないのだけれど、

 英国のパブでは、宗教と政治の話はご法度だと聞いた。

 いろんなことが、ぶちこわしになるからなのだろうな。


 ぼくみたいなものでも、考えのちがいが耐えられなくて、

 「この人とはもう会わないな」と思った関係が、

 遠い過去に、近い過去に、いくつかはある。

 礼儀ただしい他人として再会することはあっても、

 相手のことを「ばかすぎる!」と思っていたりはする。

 それはちがうんだぞ、と言い続けるコストをかけるより、

 「おれは、こうする」ということに一所懸命でいたら、

 言い争いをしたり、虚しい説得を続けているよりも、

 総じてね、なにか人びとのためにいいような気がしてる。


今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。

「わかりあうよろこび」のほうに、目を向けていたいです。



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by saku-saku-chika | 2017-09-14 10:47 | つぶやき

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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