へっちゃら


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朝日の 悩みのるつぼ で上野センセが
すべてをわかちあわなくても
と快投  いや回答していてそーそーと
わかりあうって幻想から抜けられると
なによりもじぶんが楽になれるのになあ
まあ 夫婦はもともと他人だから
やっかいなのは親子だよね
血縁てしんでもついてまわるし
でもねとおもう


別人格なんだし あるいっときまで
おなじ環境にいたって
同じような性格が形成される訳じゃあない
ワタシはオトウトとは別モンだしあまり似てもいないし
それに成人してしまえば他人と同等なんである
だからどうか父上
心配召されるなすべてのことに


すこしぐらいの憂いは払拭せずに
たずさえてゆきましょうよ
あまり根をつめずに
なるようにしかなりませぬゆえ
どんなに外から力を加えようと
成形ってのは かなうもんではありませんや
じぶんのムスコで証明済みなんで
年上の方にもの申す無礼をお許しくだされ










・「バカという役割」

 くだらないことを言いながら、
 会社のなかまとめしを食っていて、
 ついつい、またまた名言をしたたらせちゃった。

 人には、バカが必要なんだ。

 人間の日々の仕事、勉強、いろんな場面のある生活。
 そういう場で、人は、マジである必要がある。
 へらへらしていたり、いいかげんなことを言ったり、
 冗談やらでたらめを言って笑っていたら、
 たいていは「周囲に迷惑をかけるから」と叱られる。
 ごく内輪の、家族のなかでも、
 そうそうバカを言ってるわけにもいかない。
 ふざけているより、しょうもないことを言ってるより、
 他にすること(役割)があるのである。
 ずっとマジでいるわけではないのだけれど、
 また、リラックスしててもいいのだとしても、
 やや多めに冗談を言ってたりすると、
 人間としての存在そのものを、無視されたりする。
 
 だから、人は、相手をしてくれる「バカ」を探す。
 友人と呼ばれる他人や、同僚と言われる他人や、
 なんだかよくわからないけど酒場で知りあった他人と、
 まったくマジなことを言わずに、時間を過ごしたがる。
 そんなふうに言うと、男性ばかりが
 バカを求めているように思われるかもしれないが、
 そんなことはないのである。
 女性たちのいわゆる「女子会」だとか「長ばなし」は、
 人生の悲劇について語っているように見えるときでさえ、
 実は、バカを言って時間を過ごしているのである。
 
 有用性や、合理性や、効率や、教養や、倫理を、
 まったく要求されないコミュニケーションを、
 人は探し、求め、享受しているのである。
 他の人にとっての「バカの役割」をじぶんがしてあげて、
 じぶんにとっての「バカの役割」をしてもらう。
 そういう遊びの時間は、めしやねむりの次くらいに、
 大切なものなのである、と、わたしは考えた。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
犬や猫の相手をしている時間も、バカのやりとりであろう。

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by saku-saku-chika | 2017-01-15 05:55 | つぶやき

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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