てへへ

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すべての はたらくひとびとに メリークリスマス
おとなのやくめは こどもをシアワセにすること
こどものやくめは なるべく そのまんまでいること
雪が降っても 薄日でも ちゃんとやってくるクリスマス
きょうもカラ元気で がんばろー

どんなひとも
こどもから おとなになって
さいごまた すこーしこどもに
もどるのかもね

かんぺきじゃない日常が
いとおしいと思える老化に
カンパイ ♪(´ε )





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・友人が、海外のあちこちで仕事をしては、帰国し、
 国内でいろいろやっては、また見知らぬ外国に行き
 ‥‥というような暮らしをしている。
 たぶん日・英・仏語くらいのことばはしゃべれるし、
 馴れているから大丈夫だろうと思っていたが、
 先日「疲れました」と素直に言っていた。
 飛行機の移動だけでも疲れるとも思うけれど、
 各地でちょっと長めの滞在を繰りかえす仕事だから、
 その地に馴れかけたころには、次の場所に行く。
 そういうことがかなり負担になっているのだろう。

 よくクルマは足に喩えられるけれど、
 自転車も、もちろん人間の足の延長だということになる。
 だれかに「あれ、とって」と頼んだら、
 その「あれ」をとってくれる人も、じぶんの手の延長だ。
 コンビニも、電車も、近所の人も、仕事場も、
 それぞれ、みんな「じぶんの可能性の延長」なのである。
 言い換えれば、ふだんふつうに暮らしている環境は、
 広い意味での「じぶん」なのである。

 その環境込みでの「じぶん」というものを、
 がらっと変えてしまわざるをえないのが「旅」だ。
 いつもの、思いやら手足やらが使えないのだ。
 つまり、じぶんの力が、ほんとうに原寸大の、
 「ただのじぶん」になった状態で生きることになる。
 これは、たいへんなストレスなのだけれど、
 旅先の環境を「じぶん化」していく過程は、
 人を、とても大きく成長させてくれることなのだ。
 じぶんというものを無理にでも変えなきゃ、
 新しい環境で、うまく生きていけないのだからね。
 で、そういうストレスのかかる旅を、
 繰りかえしてやっていたら、とんでもなく疲れるだろう。
 ぼくの親愛なる友人は、それをやっているわけだ。
 やめなさいとも言えないから、お大事にね、と言おう。

 そして、ついでのようにだけれど、ぼくは思うのだ。
 ぼく自身には、その「旅」のようなものが足りない。
 じぶんを変化させねばならないストレスが、少ない。
 安定的にパフォーマンスを発揮しやすいかもしれないが、
 これでは、じぶんが「固くなってしまう」と思うのだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
変化は、人としてはつらいこと。だけど、必要なんだよね。


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by saku-saku-chika | 2016-12-23 16:51

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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