すぐに




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Photograph by Bogdan Comanescu, National Geographic Your Shot



いつもいつもいつも何かに追っかけられているような時間の過ごし方をしてきた
そりゃそうだよ 保育園の送り迎えがあり お稽古があり
老いた人の入退院があり 学校の役員があり
決まった額を納めねばならない縛りがあり
そのうえでの仕事や家事や
あ 鍛冶屋ってでた いいなそうするかこんどから 笑


まあだから
フルタイムになってしんどいとかキツイとか言うてもさ
おのれのことだけやんけ まあ家事は相変わらずついてまわるけど
そこに評価をもとめなければ ただこなすことでなんとかなるし
仕事だって 自分の理想を追求とか好き好んだ道に向かって
とかじゃなければ別にがむしゃらにやる必要もない訳で


イチョウの葉っぱが黄色いなあとか
風が強いけどよく晴れてて冬らしいとか
喪中欠礼に返事は無用と言うのもなんだかなあとか
そんな瑣末でちっぽけな日常の脳内限定滑舌良好みたいな気分を
たのしんでいられたらもう十分なのかもしれん


いたんでストレスにくるまれようと
動き続けてくれる老体に感謝しつつ こっからはさあ
もう 自分中心でいいよねとふと思う だからって
ガラッと変えられやしないけど意識だけは自分最優先で
ええええ自分ファーストで くくくくっっ













毎日のようにごはんをつくる人がいたとしても、
 毎日、おなじように熱心に料理をするわけじゃない。
 人に気づかれることがないとしても、
 やや手を抜いていたり、少々ごまかしていたり、
 あんまり熱心でない日があるものだと思う。
 毎日やる、というのは、たぶんそういうことだ。
 
 と、あらかじめ言い訳のようなことを書いたけど、
 ぼくの、この『今日のダーリン』だって、同じことで。
 どう書こうか悩むまでもなく、なんとか書き終えて、
 別のことをするなり、寝るなりしたい‥‥と、
 そういう夜だっていくらでもある。
 ただ、逆のことも言えてね。
 今日は、どうしても真剣に書かなきゃと思って、
 いくら時間が経とうがまったく気にしないで、
 あるいは、殴り書きするような乱暴さで一気に書いて、
 祈るような気持ちで送信する原稿もある。
 
 手抜きでふわふわしたようなものも、
 カロリー少なめで読みやすーいとか思われたら助かるし、
 真剣にこころをこめた原稿の場合だったら、
 けっこうな確率で読む人の胸に届くものだったりする。
 ずいぶん楽天的なことを言っているが、
 毎日やっていると、そういう調子になってくるのかな。
 
 『抱きしめられたい。』という本が出て、
 これは、ぼくもはじめて読んだりするわけだ。
 書いたのはぼく自身だけれど、
 その文を選び出して、本にしたのは永田さんだ。
 あらためてこうして通して読んでみると、
 真剣に書かなきゃならなかった夜の、苦しさを思い出す。
 編集の永田さんも言ってるけれど、
 ぼくは、本を出すことも文を書くことも、好きじゃない。
 だけど、好きじゃなくて上手じゃないのに、
 真剣に文章を書かなきゃならない夜がときどきあるのだ。
 それは、まず、まちがいなく、うれしい日ではない。
 持ちたくもない武器を持つときだったり、
 悲しみを振り払うために拳を固めるときだったりする。
 ぼくに「たましい」というものがあるのなら、
 そいつは、無口でへらへら笑っているだけの凡人なのに。


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by saku-saku-chika | 2016-12-17 19:55 | つぶやき