操車場




操車場と言えばトーマスだよなあ
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Photograph by Jassen T., National Geographic Your Shot











todays darling start
・さんざん釣りをしているころ、
 高級魚と言われるような魚が釣れると、
 だれかが「買ったらいくらぐらいする」と言ったりする。
 それだけ価値のあることだと、認め合いたいわけだ。
 しかし、よほどの釣果をあげていたとしても、
 現地までの交通費やら、釣り船の乗船経費には届かない。
 さらに、エサ代も、竿やらリールやらの費用もある。
 もうちょっとしらけることを言うならば、
 釣りの準備をする時間、往復の時間、釣りの時間を足した
 けっこうな長時間を、時給で支払ったとしたら、
 どれだけの赤字になることだろうか。
 これまたよく言われる冗談で、
 「この魚は、高いよ。ものすごい金かかってるから」
 というのもあるけれど、これは事実ではある。
 
 交通費も、乗船の費用も、道具もエサも、
 ぜんぶ経費として出してもらって、しかも、
 賃金さえもらえるという釣りもある。
 これはつまり漁師さんとして船に乗るということだ。
 
 おんなじ釣りでも、まったく真逆である。
 そして、前者の趣味でやる釣りについては、
 「やりたくてやりたくて、好きでやる」ものである。
 漁師さんとして釣りをするのが、
 「嫌いでしょうがない」とは言えないだろうが、
 趣味でやることとは、まったく別だろうとは思う。
 
 好きで、遊びとしてやることについては、
 基本的に自腹の時間、自腹のお金、自腹の労力を使う。
 得られるものは「魚」だったり「名誉」だったり、
 だと思っているかもしれないけれど、
 ほんとうはなんなのだろうか。
 徹夜でゲームをやっている人にしても、
 それが雇われた仕事で時給いくらでやっているとしたら、
 たぶん、どこかでやめたくなっていることだろう。 
 そして、さらに、釣りでもゲームでも、
 ある程度のところを超えてやり続けていたら、
 きっと「もうやめたい」と思うにちがいない。
 遊ぶとか、はたらくとか、趣味だとか仕事だとか、
 スカッと「こうするべきだ」と言うのはむつかしいなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「バランス」ってことばが、なんかすごく大事な気がする。


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by saku-saku-chika | 2016-10-22 12:33 | つぶやき