さすが

クドカン絶妙









いろんなこと思い出した
あの日
姑がいよいよ具合悪くなって病院に朝でむいたけれど
まだ入院したくないからと帰宅したのが14:30
その15分後だったなと
その日の晩から起き上がれなくなったこと
電車が止まってしまい駅が大混乱して タクシーの配車をどこもことわられたこと
救急車が渋滞に巻き込まれたこと
入院中も余震がつづいていたこと
くれぐれも無理のないよう交通規制を気にしながら葬儀の連絡をしたこと



当事者の 彼の地の人々だけでなく
遠くはなれた場所でも それぞれの距離感で共有してしまった時間でしたね
阪神淡路の震災が その後のオウム事件ですっかり報道されなくなって
自分もあっけなくそれに染まって
でも この東北の被害は 今まで誰も経験したことのないもので
これから 自分たちは どうなってしまうんだろう と
えらくあわてて落ち着かない日々だったことを


だけど2年経つうち やはりまたうすらいでいるのが
今日ドラマを見ていて実感しました
あの時も今も きりかえられない状況のひとは
おおぜいいるんだろうな
じぶんだけの力じゃ どうにもならない時期ってあるからな


あのとき気が回らなかったけれど
生存者の情報サイト 最初に立ち上げた人たちだって
被災した立場の人だったんだろう 
まず自分じゃなくて まわりのことを あの状況で行動起こしたことに
あらためて敬意を感謝を





 
・いまにして思えば、なにを考えていたんだか、
 「ぼくには、とりたてて不幸がない」
 ということを、じぶんの弱みだと思ってる時代があった。
 それは、同時に、
 「ぼくには、とりたてて誇れるものがない」
 ということを意味しているのもわかっていた。

 どっちつかず。
 中間のところにいて、目立たない。
 ふつうである。
 平凡である。
 なまぬるい。

 ‥‥そういうことにコンプレックスを持っていた。
 平板で、山も谷もなく、危険もなく、劇的でないのだ。
 他の人が見て、気の毒でもなく、うらやましくもない。
 そのことに耐えられないとか、思っていた。
 いや、正直にいえば、それをテーマとして発見していた。
 ふつうすぎて、訴えたいことなんて見つからない。
 つまり、テーマなんか持ってない不安が、テーマだ。

 そういうことを、漠然と考えていた時代があった。
 誰のことでもない、ぼく自身のことだ。
 いま、そのころのじぶんに会ったとする。
 そしたら、ぼくはなにを言うだろうか。
 「めんどくさいやつだ、でもじぶんだからしかたない」
 そういう思いから、はじまるのかな。

 「じぶんでやったことが、なにもないんだから、
 なにもないと感じるのは、あたりまえのことだよ」
 と、ほんとうのことを言ってやっても、
 理解してもらえないような気がする。
 「ふつうで平凡なりに、なにがやりたいの?」
 と質問しても、ごちゃごちゃ理屈を言いそうだ。
 ああ、じぶんのことながら腹が立つけれど、我慢する。

 「どうやって、食っていく?」
 そこからしかはじまらないような気がする。
 あるいは、家族を「どうやって食わせていく?」。
 若いぼくからしたら、いちばんいやな質問だったろうな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
じぶんばかり見つめていても、じぶんは見えませんでした。
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by saku-saku-chika | 2013-09-02 22:12 | テレビ

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


by saku-saku-chika