かんでふくめる

b0150018_15721.jpg

Photograph by Wilfried Niedermayr@ナショジオ バハマのサメ

フレディ・マーキュリーは45才で亡くなったんだよなあ
いろんな人の年齢 超えちゃったなあ
そういえばイトイさんも11月生まれ
きのうマッキイから飴もといキャンディいただいた
サンキュ
(たんじょうびおわってます ねんのため 笑)




2011.11.21 今日のダーリン@ほぼ日 糸井重里

・いろんなものごとを考えるときに、
 「わたしは、なにをするのか?」が見えてくるまでは、
 それを探してうろうろすることになります。
 
 例えば、あの日の、あの地にいたとしたら。
 「津波てんでんこ」の言い伝えにしたがって逃げる。
 それは、たくさんの「わたし」のするべきことでした。
 誰にも人間らしい心情があるから、
 じぶんの命、仲間や家族の命、大事な財産‥‥と、
 救わなければならないものについて、
 いくらでも想像しますし、
 その大事さの順番についてもおろおろと迷います。
 
 その人間の優しさと弱さを、昔の人は知っていたから、
 その優しさや弱さが、助かる命を失わせてしまうから、
 「津波てんでんこ」という言い伝えのせいにして、
 「わたし」のことだけ考えて「勝手に逃げろ」と、
 「決まり」を残したのだと思います。
 
 そのことばを元にして、訓練をしていた人たちは、
 「わたしは、なにをするのか?」わかっていたのです。
 
・「わたしは、なにをするのか?」をわからないまま、
 騒いだり、批判していたりしているのは、
 実はなかなか苦しいことでもあります。
 いらだったり、腹を立てたりし続けることになります。

 じぶんにできることは、あまりにも小さい‥‥です。
 それは、きっとあの時期の自衛隊の人たちだって、
 あの時期のお医者さんや看護婦さんだって、
 そう感じながら過ごしていたにちがいありません。
 でも、「わたし」を主語にして、動いていたのです。
 
 「わたしは、なにをするのか?」、そして、
 「わたしは、なにをしないのか?」。
 ぼくは、3月からずっとそれを探しては、
 たいしたことない力を、そこに使ってきたと思います。
 いまは、東京の仕事場で「わたし」がやることと、
 「気仙沼のほぼ日」で「わたし」がやることを、
 より具体的にして、歩みはじめているところです。 

今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
あ、「わたし」、今日は髪を切りにも行かなくちゃ‥‥。





村上佳菜子 エリック・ボンパール杯2011 エキシビション演技
いいじゃんすごく!




もーいーからベタでいく

[PR]
by saku-saku-chika | 2011-11-22 02:00 | つぶやき

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


by saku-saku-chika