ひきわける

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ハラハラした
うまいじゃんウズベキスタン
どこにあるんだろう と思うような国と
たたかったりするんだよな代表って
すごいね

まけなかったことを記憶しよう
かてなかったことは
改善しよう
え?
八兵衛の事ですよ
ザックはザックで考えてるから 笑
総理も総理で考えてるように
・・たぶん



よくなかったこと つまりポカした結果って
すぐでてくんだよな速攻 で
よかったかもしれないことの成果って
すんげえ時間かかんないと みえてこないんだ
どういうわけか
だから辛抱足りない八兵衛なんか
パッと見 あ こりゃもう
と思っちまうんで そこがいかんのよ

きのうの結果も 今朝もうきたよメールが 笑
だけどね
しかたのないこともあるさ
だから
考えながらやっぱ
進めてくことにするよ





過去記事だけど

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今日のダーリン 9/7 糸井重里@ほぼ日


・「打つ手がまったくない」ということは、ない。
 「千里の道も一歩から」なのだから、
 頭から汗どころか、血が出るほど考えろ。
 ぼくは、よく、そういう考え方をします。

 「へたに動かないほうがいい」ということは、ある。
 「犬も歩けば棒に当たる」ということは、ある。
 「天は我が身を助くるものを助く」ということはある。
 「果報は寝て待て」ということもある。
 ああすればいい、こうすればいい、と、
 昔から人はいろいろやってきたのですから、
 いろんなヒントがあるものです。

 状況に応じて、まったく逆のことも言えるものですが、
 止まることも、戻ることも、曲がることも含めて、
 「打つ手がまったくない」ということはない。
 これだけは、ほんとだと思います。
 
・前にも書いたことがありますが、
 2010年の夏に起こった「チリの鉱山落盤事故」のこと。
 地下の坑道に閉じこめられた人々が、
 18日間も、地上との連絡ができないままだった‥‥。
 会社を訴えるとか、誰かのミスを責めるとか、
 そんなことをしていても、なにも解決しない。
 でも、息をし続けること、心臓を動かし続けること、
 地上に出たいと思い続けることが、
 結局は「地上」とのつながりを得たわけです。
 最も策の練りようのない場面でも、
 「生き続ける」ために考えることがあったんですよね。
 「打つ手がまったくない」ように思える地の底でも、
 まったくないわけじゃない、だったのです。

 まぁ、悲観主義者は、言うかもしれません。
 「そのまま、発見されずに、死を長引かせて死ぬ‥‥。
  その可能性のほうが高かったんじゃない?」
 そうかもしれない、そうなったのかもしれない。
 あなたが、そう考えるのは自由です。
 でもね、ぼくは、言うでしょう。
 そんなふうに悲観しながら生きる練習を、
 ぼくらは、してこなかったんだよ。
 
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
豪雨の被害にあわれた方に、慎んでお見舞い申しあげます。



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それから 豪雨の被害にあってしまった予想よりも大勢の人々に
本当にお見舞いを そしてかつて同じような目に遭った者として
時間がかかるけれど やっていけますよ 先はありますよと
空気にのせて伝えたい
軽々しく大丈夫とかクチに出来はしないけれど でも
時間が ほんとうに不思議だけれど
いろんな味方になってくれます
だから どうぞちゃんと眠れますように








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by saku-saku-chika | 2011-09-07 10:20 | ひとり新聞