だいじょうぶ‥たぶん 笑

うまく流れないことだらけだが
なあに ここは被災地にくらぶれば楽園
命に別状がないんだもの なんたって
だったら方法なんかいくらでもあるさ
ねえ そうだよね?

わあ なんかイイ
ほっほう
昨日のハナシだけどさシャトルランみんなやってんだな‥
受け止めるってこういうこと
あはははは
なでしこ最強!
おめでとーーーーっっっ
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今日のダーリンは自分的に Pにも言えてる



7/2 @ほぼ日:糸井重里
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・なにかを思い立ったとき、
 じぶん以外の「もうひとり」に言ってみる。
 このところ、東北で復興に立ち上がっている人に
 お会いして話を聞いていると、
 「もうひとり」に出合うということが、
 とても大事なんだとわかるんですよね。
 
 もともと、ぼくは何度も吉本隆明さんの教えてくれた
 「自問自答が、人の根っこの部分を育てる」
 という考え方を、なんども紹介してきました。
 これはこれで、まったく変わらないのですが、
 いわば、一本の樹木を育てるときの考えだと思うんです。
 
 その育ちかけの木を、なにかに使おうとするときには、
 もう一本の木に話しかけるといいますか、
 「どうだろう?」と聞いてみると、
 「そうだ。いいね」とか「うーん、わからないな」とか、 
 なにかしら返ってくるわけですよね。
 「もうひとり」という他人は、たったひとりだけれど、
 「おおぜいのいる社会」の一例ですからね。
 じぶんひとりで考えたことが、
 社会に通じるかどうか、ということの、
 ひとつのモデルケースが発見できるというわけです。
 
 考えを育てたり深めたりすることには、
 じっくりと静かに「自問自答」することが大事で、
 考えを機能させたり実用に使うときには、
 じぶん以外の「もうひとり」に向けて、
 手を伸ばすことが大事なんですね。
 いやぁ、具体的に「困難なこと」をやりだす場合には、
 ひとりのままだと、やっぱり無理かと思いやすいわけで。
 そこに「もうひとり」がいて、「いいね」と言ってたら、
 動機だけでもキープできるんじゃないか‥‥。
 「じぶん+もうひとり」は、もう最低人数の組織です。
 分業も、討議も、共感も、励まし合いも、
 たがいのネットワークを重ねることもできる。
 「もうひとり」とチームになることで、
 その先に、次々の「もうひとり」とつながれる。
 そういう可能性があるってことです。
 「もうひとり」に向けて、声をかける‥‥スタート!

今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
土曜日は、ぜひのんびりと、あれこれ読んでみてください。
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by saku-saku-chika | 2011-07-02 18:40 | P

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


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