わあ

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ジェットストリーム‥
と思わずつぶやきたくなる 満天の星

アーチーズ国立公園ユタ州
Photograph by Bret Webster, My Shot.@ナショジオ
巨大な天の川のシーソーを
アーチーズ国立公園の奇岩バランスロックが絶妙に支えている
どちらかに傾いたら折れてしまいそうだ




書類を同送メール
部活の保護者会
立替金の一部受け取り
欠席者にブリントを渡す
ちいさな集まりに顔をだす
あす渡す花束を用意
午後の八兵衛





・「ほぼ日」をはじめたばかりのころから、
 「断られる」ということについて、考えていました。
 
 仮に、小笠原くんが、なにかを提案したとします。
 もう一方の東野くんが、それを「断る」としましょう。
 小笠原くんは、その「断られた」理由を説明してくれと、
 東野くんに強く言う、とします。
 このとき、東野くんは、小笠原くんに対して、
 「断った」理由を説明する義務はないのです。
 ぼくは、そう決めました。
 よくわかんないけど「断った」とか、
 うまく言えないけど「断りたかった」とか、
 「断った」理由をあなたに言いたくないとか、
 ぜんぶ、オッケーなのです。
 
 それは、つまり、理由はわからないけれど、
 小笠原くんの提案には、東野くんが賛成するだけの、
 「なにか」がなかったのです。
  
・「ほぼ日」がなにか依頼するときには、
 とにかく「断られてもいい」と決めてお願いします。
 「断る」か「断らない」かの自由は、
 頼まれた人がまるまる持っているという前提で、
 「どうしましょう」という話にします。
 「断る」理由を教えてくれる人がいた場合は、
 ありがたくそれを聞きますが、
 そうでなければ、「またの機会を」とあきらめます。
 ほんとうに「またの機会」がくることも多々あります。
 
 「断られる」ことを考えに入れたプロポーズとは、
 相手の自由を大事にすることだと思っています。
 「相手を自由にさせすぎていたら、成立しない」
 なんていう場合は、成立しないほうがいいくらいです。
 ぼくは、そういうふうに思ってやってきました。
 だから逆に、わりと「断る」ことも自由にしています。

 手は、両側から伸ばしあってつなぐものですからね。
 親が子どもの手をしっかり握っているのと、
 おとなどうしが、手をつなぎあうのとでは、
 ぜんぜんちがうわけなんですよねー。

今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
そう、来ない自由があるのに来てくれて‥‥うれしいです。









と、きのうの ほぼ日で糸井さんが言うように
NOと言う自由さを受け入れられるようになると
いろんなことの幅がグンと広がる気がしてきた

たとえば
言い出しっぺだから立て替えた分の金額が
当初おのれのハンチュウでおさまるものでスタート
したかったが相手の希望をのせて数多く注文した結果の
さばききれぬ枚数と親切なヒトの心配と希望を述べた
だけで手だししない無責任な歳だけオトナなヒトへの気持ちとか
たとえば
約束しないで行ったから会えなくても仕方ないと
残した箇条書きの伝言に即かかってきた電話が
あまりにも紋切り型で薄い幕ではなく
堅い透明な壁をきっちり挟まれた感じがしたこととか




なにかを進める時に
過去の履歴や保身やそういうものを重んじる気持ちを
非難するつもりは毛頭ない いやホントにないよ
ただね やはり個で話しをしている時には
個としての率直な感想を聞きたいとも思うよ
せっかくなんだしね
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by saku-saku-chika | 2011-05-14 16:45

日常 @イラストレーター(基本形 )+福祉職+社士試験めざす大学生(ようやく卒業見込) 年中へこたれ中 mail→ https://chikaka.jimdo.com/お問い合せ/


by saku-saku-chika